タグ「トレーニング」が付けられているもの

投手育成コラムではこれまで一貫して、上半身の力は抜き、下半身の力によってボールは投げるべきだと書き続けてきました。この考え方を追求していくと、ある一つの疑問に遭遇します。それは、下半身で投げるということは上半身は鍛えなくてもいいのか?というものです。結論から言えば、これに対する回答はもちろんノーです。上半身を脱力して下半身でボールを投げるとしても、上半身は鍛えなければなりません。

ですがこう考えてください。強いボールを投げるために上半身を鍛えるのではなく、強いボールを投げた時の衝撃に耐えられるように鍛える、と。ピッチャーは時速0kmのスピードのボールを、体一つで時速140kmまで加速させなければなりません。この時体に与えられる衝撃やストレスは決して小さくはないのです。運動能力は抜群で、簡単に強いボールを投げられる選手がいたとします。しかし強いボールを投げられたとしても、それに耐えるための上半身の強さがなければ、簡単に肩肘を痛めてしまうのです。

トレーニングをする際、大まかには上半身、下半身、体幹というように体を三分割することができます。そしてここで言う上半身とは手部、前腕、上腕、肩周辺、胸部、肩甲骨周辺ということになります。上半身で言えばこれだけの部位を万遍なくバランスよく鍛えていかなければ、強いボールを投げた時の衝撃に耐えることができなくなってしまいます。

下半身、体幹、上半身を使って生み出したエネルギーを、100%ボールに込めることはできません。そこで余ったエネルギーは体内に残ってしまうことになり、それを放出するのがフォロースルーというわけです。さらにフォロースルーだけでも余ったエネルギーをすべて解放することは難しく、どうしても体内にエネルギーは残ってしまうのです。するとそれは体に対するストレスとなり、疲労や筋肉の張り、炎症という形で表れてしまいます。

その余剰エネルギーのストレスに耐えられるように、上半身も鍛える必要があるのです。しかし鍛え過ぎは禁物です。まず大胸筋を発達させ過ぎてしまうと、腕を振る際の可動域が狭まってしまいます。さらに腕の筋肉を増やし過ぎると、腕の重さにより速いスウィングができなくなり、球速が伸びません。さらには上半身に頼った投げ方になりやすく、肩痛のリスクが高まってしまいます。ですので鍛えると言っても、バランスが非常に重要となるわけなのです。

筋肉量と球速というものは比例しません。筋骨隆々のホームランバッターが強肩かと言うと、必ずしもそうでないことからも良くわかります。強いボールを投げるために必要なのは筋肉量ではないのです。必要なのは強いボールを投げるためのメカニズムです。そしてそのメカニズムを体現するためにも必要なのが、耐性の高い強くバランスの良い上半身なのです。

近年、ピッチングにしてもバッティングにしても骨盤というものが高い注目を浴びています。これは骨盤を上手に使うことによって、パフォーマンスを高めるというアプローチの仕方です。ですがここには落とし穴があるのです。落とし穴と言っては大袈裟ですが、骨盤を意識する前にやらなければならない作業があるのです。それはハムストリングスの柔軟性を高めるということです。ハムストリングスに柔軟性がある選手は骨盤に対するアプローチをすぐに始めてもいいのですが、ハムストリングスが硬い選手は、まずはハムストリングスの柔軟性を向上させる必要があります。それからでなければ、骨盤からのアプローチによるメリットを得ることはできないのです。

ではなぜハムストリングスが硬いと、骨盤からのアプローチができなくなってしまうのでしょうか?その答えは単純明快。ハムストリングスがタイトな状態(硬い状態)にあると、骨盤の動きが制限されてしまうのです。つまりハムストリングスがタイトな状態で骨盤を動かすことは非常に難しい、ということなのです。これにより、ハムストリングスがタイトな選手はいくら骨盤からのアプローチをしようとしても、骨盤の動きが制限されてしまうために、適切なアプローチができなくなってしまうのです。

ハムストリングスがタイトな状態であると、骨盤を使えない分、体幹に頼った投げ方、打ち方をせざるを得ません。そうすると投げるにしても打つにしても、ドアスウィングで腕やバットを振ってしまいやすくなります。ドアスウィング状態でボールを投げるということは、腕が遠回りして遠心力がかかり、肩に大きな負荷がかかってしまうことを意味します。この投げ方を続けてしまうと、遅かれ早かれ肩を痛めてしまいます。

タイトハムストリングスの改善は、だいたい4~8週間で行うことができます。たったこれだけの期間、重点的にストレッチングを行うことで、肩痛のリスクを1つ減らすことができ、さらには骨盤からのアプローチによりパフォーマンスアップも期待できるわけですから、現役選手はもちろんのこと、草野球プレイヤーも怪我を防ぐという意味で、ハムストリングスの柔軟性には気を遣っていくようにしましょう。

ちなみにハムストリングスはただ柔軟なだけではいけません。柔軟かつ強度がなければ、高い負荷のかかるピッチング動作に対し耐久性を失ってしまうことになります。ハムストリングスの柔軟性を高めるためにはジャックナイフストレッチを。ハムストリングスの強度を高めるためにはスクワットを。それぞれしっかりとした目的をもって行うことで、より高い効果を得られるようになります。