1/1000秒しか接していない投手の投球と打者のバット

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野球のバッティング動作も含め、スポーツというのは大きな筋肉に頼ることでは最大のパフォーマンスを発揮することはできません。バッティングで言えば、飛距離を伸ばすために筋肉を付けても、それには限界があるということです。もちろん投球にバットを押し返されないための筋力は絶対的に必要です。しかしただ飛距離を伸ばすためだけに筋力を付けようとすれば、それは失敗に終わってしまうケースが多くなるのです。

日本トップクラスのホームランバッターである埼玉西武ライオンズの中村剛也選手は、10割の力で振った時よりも、8割の力で振った時の方がホームランになることが多いと話していました。ではなぜ10割の力で振ってしまうとホームランになる確率が下がってしまうのでしょうか?

それは単純に、下半身よりも上半身の力の割合が勝ってしまうことにより上半身にブレが生じ、ミート力が低下してしまうためです。パワーというのは「速度×重量」で計算することができるわけですが、例えば筋肉を必要以上に増やしてしまうと速度が出なくなってしまいます。その代り重量は増えるため、数字上ではもしかしたら大差はなくなるかもしれません。しかしバットスウィングの速度が遅くなるということは、投球がまだ遠いところにある段階でバットを振り出す必要があるため、変化球に弱い打者になってしまいます。

さて、ここからいよいよ本題です。硬式野球に於いて140kmのストレートをバットで打った際、ボールとバットが何秒間くらい接しているかご存知ですか?

答えは約1ミリ秒、つまり1/1000秒です。そして更に、バットがボールに対し最大の力を発揮できる時間はこのうちの半分の時間となるのです。硬式球というのは非常に硬く、軟式球のように簡単に潰れることはありません。しかし1/1000秒というほんの一瞬の間に、実は約半分の大きさまで硬式球は潰れているんです。ただこれは高性能カメラであってもなかなか撮影することが難しいため、一般的なテレビ中継の映像では確認することはできません。

硬式野球のバッティングという作業はこのように、1/1000秒の間に勝負が決してしまうのです。打者はこのタイミングを合わせることが最大の仕事となり、逆に投手はこのタイミングを狂わすことが最大の仕事となるわけです。両者が同時に役割を務められることはありません。ボールは1球だけですので、必ずどちらかが勝ち、どちらかは負けてしまいます。

打者としてはそこで勝つために、フルスウィングするよりは8割の力で振った方が良いということになります。また、闇雲に筋肉量を増やすよりは、バットスウィングの速度を最大限高めるためのバットスウィングの軌道を作り上げることが大切となります。これもまた8割程度の力で振った時が、作り上げた良い軌道が最も安定するようになるのです。

最後にもう一度バットスウィングの速度についてのお話をしておきたいのですが、約140kmのボールを打った際、バットスウィングの速度115km程度でジャストミートさせることができれば、打球は約120m飛んでいきます。そしてバットスウィングが120kmを超えてくると、飛距離は130mに近付いていきます。

先ほど筋肉を増やせば重量が増えると書きましたが、実はそれはボールを打つ動作に於いては適切な判断ではないのです。ボールを打つのは腕ではなく、当たり前ですがバットです。バットの重さには規定がありますので、どの打者もだいたい900g前後のバットを使っています。ということはやはり、そのバットがスウィングされる速度自体を高める必要があるのです。それにはもちろん筋肉も必要になってきますが、それ以上にスウィング軌道を整える作業がまず必要になる、ということなのです。

言い方を変えれば、最善のスウィング軌道と速度を両方維持できるのであれば、筋肉はいくら付けてもパフォーマンスは低下しません。しかしそれは現実的には難しくなるため、飛距離を伸ばすために筋力を付けるのであれば、安定したスウィング軌道と高いスウィング速度を両立させられる程度を見極めながら、徐々に筋肉量を増やしていくのが良いと思います。闇雲に筋力トレーニングをして上半身を重くし過ぎてしまうと、下半身の怪我にも繋がってしまいますのでご注意ください。
コラム筆者:カズコーチ(野球動作指導のプロ/2010年〜)
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