山本由伸投手の投げ方は本当にアーム式なのか?!
オリックスバファローズの山本由伸投手のフォームは、アーム式だと言われることがよくあります。確かにテイクバックからコックアップにかけて一度肘を伸ばす動作を入れているため、一見するとアーム式のようにも見えます。しかし実際にはアーム式ではない、というのがプロコーチである僕の意見です。
アーム式かそうでないかを見分けるポイントは、トップポジションからボールリリースにかけてのフェイズでどれだけ肘が伸びているのか、という点です。山本由伸投手の場合、コックアップの最終盤ではすでに肘が曲がっていて、肘が伸ばされた状態で腕を振っているわけではありません。そのためアーム式ではない、と言えるわけです。
山本由伸投手のフォームの特徴としては、重心をややお尻側に落としているという点ではないでしょうか。通常はもっと力が入るように重心はお腹側に置きますが、山本投手の場合はややお尻側に落ちています。通常この動作が良い、と言うことはできず、僕自身選手をコーチングする際に重心がお尻側に落ちていたら直させるようにしています。
おそらく2021年シーズンからだと思いますが、山本投手のこの重心が真ん中寄りに戻って来ていると思うんです。その分フォーム全体のバランスが良くなり、ストレートの伸びと変化球のキレが昨季以上に増しているように見えました。
ただし山本投手には、重心がお尻側に落ちている形を上手く利用できる高い技術があります。通常であれば重心がお尻側に落ちていると力が入りにくくなり球威は大幅に低下してしまいます。
しかし山本投手の場合はお尻側にやや落ちた重心を上手く使い、アクセラレーションフェイズ(トップポジションとボールリリースの間の加速フェイズ)で体軸と運動軸を分離させているんです。この体軸と運動軸の分離こそが、山本由伸投手の伸びのあるストレートを生んでいるというわけです。
運動軸と体軸の分離に関しては、僕の野球教則ビデオの中で詳しく解説していますので、そちらをご視聴いただければ幸いです。
体軸と運動軸を分離させている山本由伸投手のフォーム
体軸と運動軸を分離させて使えるようになると、リリースポイントと運動軸のラインを限りなく近付けられるようになります。すると求心力を使えるようになり、鋭いボディースピンを生み出し、ストレートの回転数を増やせるようになります。
そしてストレートの回転数が増えれば、力一杯投げなくてもストレートが伸びる(ホップ要素が増える)ようになり、簡単にバッターを差し込めるようになります。ボールがスウィングプレーンの上を通過する空振りも増えます。
ちなみに体軸と運動時を分離させている投手の代表例は西口文也投手、ランディ・ジョンソン投手らです。プロ野球やメジャーリーグでも、本当に一部の投手しか身につけられない非常に高いレベルの技術です。
ではなぜ体軸と運動軸を分離させることができるのか?一言で片付けるならば、筋トレに頼っていないことが最大要素ではないでしょうか。山本由伸投手はほとんど筋トレはしません。ちなみに西口文也投手も現役時代はほとんど筋トレをしませんでした。
筋トレに頼らず、投げるのに必要な筋力と強さを投げる動作により鍛えているため、持っている筋肉のほとんどをピッチングフォームの中で活かせるようになります。
余分な重量がない分体を自在に動かすことができ、体軸と運動軸を分離させるという高い技術を身につけられるようになるわけです。もし山本投手が筋トレに頼った球威アップを目指していたならば、求心力ではなく遠心力で投げるピッチャーになってしまい、沢村賞レベルの投手になれたかどうかは誰にも分かりません。
そしてこの技術を身につけるためには、右投手の場合、骨盤を一塁側にスライドさせながらスピンさせるという技術が必須となります。この技術を身につけるためには股関節周りの強度・柔軟性・可動性が必須となり、これらの要素がどれか1つでも欠けてしまうと習得することはできません。ちなみに山本投手の股関節のコンディションはどれをとっても抜群です。
エースに相応しい態度を貫く山本由伸投手
2021年スワローズとの日本シリーズで、山本投手が登板した試合で味方がエラーをしてしまった場面がありました。このエラーがなければもしかしたらその試合の流れはオリックスバファローズに行っていたかもしれません。
このような大事な試合の局面で味方がエラーをしても、山本投手はガッカリした姿を一切見せませんでしたし、味方のエラーにイラつくような表情を見せることさえありませんでした。このような態度も西口文也投手と共通しています。
西口投手も味方のエラーに嫌な顔を見せることはしない投手でした。そのためライオンズナインは西口投手が登板する試合ではいつも「西口さんを勝たせよう!」と一丸となっていました。山本投手もおそらくチーム内では、そう思われているエースなのではないでしょうか。
山本由伸投手と伊藤智仁投手の相違点
フォームに関しての話をさらに付け加えるならば、肩甲骨の使い方がとても深くて素晴らしいと思います。この肩甲骨の使い方に関しては、少年野球でもどんどん真似していくべきだと思います。
(スポーツ科学を勉強されていない方が教えるのは難しいとは思いますが)
肩甲骨はフローティングといって、どの方向にも動かすことができる骨なんです。山本投手の場合は投球時に左右・前後・上下を満遍なく使っているように見えます。そして肩甲骨を使えていることにより、肩関節そのものの使用率を軽減させ、肩への負荷を減らせているようにも見えます。
肩甲骨が柔らかい投手の代表格と言えばなんと言っても伊藤智仁投手だと思うのですが、山本由伸投手と伊藤智仁投手の違いは体軸と運動軸の分離の有無にあります。伊藤智仁投手のフォームは、体軸と運動軸は分離されていません。
そのため求心力ではなく、遠心力を使ったピッチングフォームになっており、もともとルーズショルダー気味だった肩への負荷を軽減させることができず、伊藤智仁投手は肩痛肘痛に悩み続けていました。
一方2021年、現時点での山本由伸投手のフォームは求心力を使えているため、ローテーターカフという肩関節に4つあるインナーマッスルへの負荷が高くなるフォームにはなっておらず、よほどの投球過多や勤続疲労が出て来ない限りは、簡単に肩を痛めることはないのではないでしょうか。痛めたとしても軽症で済むと思います。
山本由伸投手のフォームを作り出した槍投げトレーニング
山本由伸投手はウェイトトレーニングは一切やらないそうなのですが、槍投げトレーニングは行なっているのだそうです。僕もプロコーチとして投手たちに、槍投げのような体の使い方でボールを投げるフォームの指導を2010年以降続けています。
実は槍投げトレーニングは、元プロ野球選手だった野球指導者の多くが肯定的には見ていないのですが、しかし僕のレッスンを受けた生徒さんたちの多くは、肩痛肘痛に悩まされることもなくなり、同時に球威球速のアップにも成功しています。
槍投げトレーニングは、ただ槍投げの動作を真似して投げれば良いというわけではないのですが、野球肩野球肘の予防や球速アップには非常に効果的なトレーニング法なんです。
ちなみに大谷翔平投手も、槍投げトレーニングではないのですが、槍投げトレーニングに近いトレーニングをファイターズ時代から続けています。
山本由伸投手の場合、下半身もやや槍投げ選手に近い使い方をしています。特に左膝による左太腿の動かし方ですね。普通の投手が左太腿を立てながら投げてしまうと制球力が低下してしまうのですが、運動軸とリリースポイントの幅が非常に狭い山本投手の場合、この動きにより制球力が低下しているということもありません。
並進運動中の左脚の使い方に関しては、マクシマム・インターナルローテーション・ストライディングといって、左股関節を外旋させるために、並進運動中に左股関節を内旋させる動作が入っています。これは田中将大投手にも共通する動作です。
この動作によりランディング付近での左股関節の外旋を深くし、その後の内旋動作のキレをアップさせてボディスピンを鋭くし、最速157km/hという球速に繋げています。このマクシマム・インターナルローテーション・ストライディングも、難易度としては非常に高いので、そう簡単に真似できるフォームではありません。
山本由伸投手のフォーム分析のまとめ
細かい部分を見出すととてもこのページには収め切れないわけですが、大まかな部分だけを見ていくと、山本由伸投手のフォームはだいたいこのような分析になってきます。
アーム式のようでアーム式ではなく、実際には非常に難易度の高い投げ方をしているのが山本由伸投手のフォームなんです。
「山本由伸がアーム式で沢村賞を獲ったのだから、アーム式は悪い投げ方ではない」と間違った認識をしている方も多いと思いますが、その場合は要注意です。実際、本当の意味でアーム式で投げたとしたら簡単に肩肘を痛めてしまうはずです。
山本投手のフォームはすぐにでも真似できそうで、実は真似することが非常に難しい超ハイレベルなメカニクスを持っています。もし山本由伸投手のフォームを真似してみたい場合は、まずは肩甲骨と股関節の使い方から真似するようにしましょう。
フォームの見た目そのままを真似しようとすれば、本当にアーム式で投げてしまう危険性もありますので、そのあたりは十分ご注意ください。
沢村賞を獲るほどの活躍を見せてくれた山本由伸投手のフォームには、沢村賞を獲れるだけのこれだけの理由があったわけなんです。山本投手には来季も沢村賞候補に挙がるような活躍を期待しましょう!
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