近年、トレーニング理論が目覚しい進化を遂げていることもあり、野球選手を含めたアスリートたちも、その理論に関しかなり詳しくなっています。これはプロアマ問わず言えることではないでしょうか。ですがこのトレーニング理論の中で、僕には大きく賛同できないテーマが1つあります。それは投手にとっての左右のバランスです。
100mや200mを走って競うスプリンターであれば、左右で整ったバランスは非常に重要になると思います。しかし投手の場合は、僕は左右のアンバランスこそが最良のバランスだと考えています。右投手を例に話していくと、右投手の場合は左肩よりも右肩、右脚よりも左脚に大きな負荷がかかります。これにより左右の筋肉量にバラつきが出てしまうわけですが、この左右のバラつきは、僕はそのままにすべきだと考えています。
トレーニングそのものは、左右均等にやるべきだと思います。例えば右肩の方が負荷が大きいからといって、トレーニング段階から右肩を余分に鍛える、という考え方は正しくはありません。トレーニングの段階ではあくまでも左右均等にワークアウトのメニューを組みます。あくまでもパフォーマンスで生まれる左右の負荷の差により、左右に筋肉量の差が出ることが望ましいのです。
右投手の場合、脚だけを見ても右脚が軸脚、左脚がステップ脚となり、左右の役割が大きく異なってきます。ここで軸脚とステップ脚の役割の違いを簡単に説明をすると、軸脚はエネルギーを生み出す脚。ステップ脚はエネルギーを使うための脚と考えることができます。
右投手の場合、ステップして着地した左脚には、体重の数倍のG(負荷)がかかるとされます。これにより、右脚よりも左脚が太くなり、投球動作により左肩よりも右肩の方が大きくなるわけです。投球動作を行うと自然にこのようなアンバランスが生じてくるわけですが、これは、投球動作に必要な左右差であるからこそ、発生するものだと僕は考えています。
以前のコラムでも左右の差に関して書いたことがありましたが、今回はさらに話を進めていきます。サッカーを思い描いてみてください。右利きの選手の場合、ボールは右足で蹴ります。この右足は、投手でいうところの右肩だと考えてください。そして右足でボールを蹴るということは、支点となる左足がしっかりと地面を掴んでいる必要があります。左足でしっかりと支えることができなければ、右足をいくら力強くテイクバックさせたとしても、強いボールを蹴ることはできません。これは投球動作とまったく同じです。
右投手も、左脚を振り上げてステップし、着地させ、その左足でしっかりと地面を掴み、体を支えられなければ、力強いボールを投げることはできません。体を鍛えても、体躯に恵まれていても細身の投手が投げるボールに敵わない投手は、このステップ脚の不安定さにスキルアップし切れない原因があるケースが多くなります。
右腕を力強くスウィングさせるためには、支点となる左脚をしっかりと地面に固定させ、安定させる必要があります。何度投げても同じ場所に左足を着地させられるだけの安定感が必要です。プロ野球の投手を見ていても、一流投手のステップ脚の着地痕は非常にまとまっています。いつも同じところに足を着地させるため、マウンドが荒れないのです。一方経験浅い投手の場合、ステップの着地点が安定しないため、マウンドがすぐに荒れてしまいます。そしてこの着地が安定しないことにより、制球にも球威にも安定感を得ることができなくなるのです。
ボールを100球投げたとすると、着地したステップ脚には100回の大きな負荷がかかることになります。そしてこの負荷は、ステップ脚をより強く鍛え上げてくれます。プロ野球の投手がよく口にする「投げなければ鍛えられない筋肉がある」というのは、これが1つです。ステップ脚は、投げなければ投球動作に必要な本当の強さを得ることは出来ません。そしてそれは投球肩にも同様のことが言えます。
ウェイトトレーニングは、やり方さえ間違えなければ非常に有効なトレーニング方法です。ですが投手の場合は他競技のように、左右の差をなくすためのメニューは必要ありません。投球動作からは必ず左右差が生じてしまい、それは必要だから生じてくるものなのです。
さて、このコラムを読み終えたら、ぜひ脚の太さを測ってみてください。右投手の場合、右脚よりも左脚が太くなっていますか?左投手の場合は左脚よりも右脚の方が太くなっていますか?もしそうではない場合、ベストな形での投球動作を取れていない可能性、もしくは正しいトレーニングができていない可能性があります。ぜひこの機会に見直してみてはいかがでしょうか。