下半身をしっかり強化すること、これは投手にとっては非常に大切なことです。足腰の弱い投手は、まず間違いなく投手として成長していくことができないためです。もちろん野手にとっても足腰の強化は非常に重要なのですが、投手の場合は野手とは違った理由でも足腰の強化が必要となります。
まずシンプルに考えると、足腰を強化すれば投球フォームが安定するようになり、制球力などが向上し、スタミナもアップします。ですが投手の場合、これらの理由の他にも足腰を鍛える必要があるのです。結論を言ってしまうと、それは、より大きな位置エネルギーを得るため、ということになります。
位置エネルギーとは高さが大きく影響します。例えばボールを上から落とす動作を想像してみてください。ボールは、より高いところから落とすほどバウンドする高さは大きくなりますよね?これと同じで、投手の場合はステップ脚を振り上げる高さが高いほど、ボールにより大きなエネルギーを与えることができるのです。テキサスレンジャーズに移籍したダルビッシュ有投手の投球フォームを思い出してみてください。近年の日本人投手では珍しいほど、左脚を高く振り上げています。その高さは、膝が胸にくっつくほどです。このステップ脚の振り上げの高さが、ダルビッシュ投手が投げるボールに凄まじい球威を生んでいる理由の1つです。
左脚を高く上げるダルビッシュ投手のこの投球フォームを見て、ノーラン・ライアンや、ランディ・ジョンソンらを指導した投手コーチ、トム・ハウスは「ノーラン・ライアンのようだ」とダルビッシュ投手を評しています。
ステップする脚を高く上げるほど、Nm(ニュートンメートル)という単位で計算する位置エネルギーが大きくなります。そしてステップする脚を高く上げるためには、股関節の広い可動幅だけではなく、脚を高く持ち上げるための筋力が必要となります。しかも一生懸命動作しないと上げられない程度の筋力ではなく、鍛え上げた重量のある脚を軽々と持ち上げられるだけの筋力が必要となります。
そしてさらに細かく見ていくと、大きな位置エネルギーを生み出せたとしても、それを上手くボールに伝えられるだけの技術と体力も必要となります。もし大きな位置エネルギーを生み出せたとしても、それを上手くボールまで伝えられなかったらどうなるでしょうか?エネルギーは足腰、腹筋、背筋、わき腹、肩、肘に滞留してしまうことになり、体に大きな負荷をかけてしまうことになります。つまり、故障のリスクが高まります。
投手のモーションにはフォロースルーというものがありますが、これは投球をしても残ってしまったエネルギーを開放するための必須動作となります。フォロースルーをとって余ったエネルギーを開放することで、体への負荷を大きく軽減しているのです。しかし位置エネルギー(と並進エネルギー)を投球に上手く伝えられなければ、そのエネルギーをフォロースルーまで到達させることもできません。
技術は、鍛錬を積めば身に付けることができます。しかし頭で思い描く技術を可能にするためには、それ相応の体力が必要となります。投手にとって足腰の強化は必須ですが、しかし無闇に強化しても意味はありません。思い描く技術に対し、どれだけの、どのような体力(筋力)が必要なのかをしっかりとイメージし、トレーニングをすることが大切です。
あなたは制球を気にするあまり、ステップ脚をあまり上げない消極的なフォームで投げてはいませんか?制球力とはすなわち技術です。技術を体得するためには体力が必要です。つまり技術が向上しないということは、その技術に見合う体力が不足しているということになります。ですので制球力を気にするあまり、球威を向上させるための位置エネルギーを捨てたとしても、それは根本的な解決とはなりません。ここで今一度、あなたが頑張っているトレーニング内容が適切であるかを再考してみてはいかがでしょうか。