「練習は目的を持って行なわなければ意味がない」とよく言われますが、僕自身これは最もだと考えています。とは言え、コーチという立場でこの言葉を考えるならば、これがすべてではないと考えることもまたできます。このコラムでは、この点についてじっくり書き進めていこうと思います。
コーチとして選手の練習を考えていくならば、ただ練習をさせても無意味であると考える必要があります。つまり、どれだけたくさん練習をしたとしても、その練習の質が悪ければ上達(技能が向上)することもないということです。具体的に言うならば、毎日10kmずつ走っていたとしても、その走り方が悪ければ足腰を強くするどころか怪我をしてしまい、スタミナをアップさせることもできません。つまりロードワークにおいては、何km走るかということではなく、どのように走るかの方がずっと大切なのです。
練習で野球技能を高めるためには、野球に対する運動学習を選手にさせる必要があります。運動学習とは、中枢神経に働きかける練習をするということです。机上で野球を勉強させるという意味ではありません。中枢神経は、脊柱動物である我々人間は脳と脊髄に存在しています。分かりやすく言うならば、運動学習とは選手に頭を使わせながら練習をさせるということになります。
例え投げ込みを100球したとしても、そこに運動学習がなければ技能を高めることはできません。何も考えずにただ100球投げただけでは、向上されるのは体力だけとなります。確かに体力が向上すれば、球速はアップするかもしれません。しかしこれは一般運動能力(運動体力)の向上であり、野球に必要な特殊運動能力(運動技能)の向上ではありません。技能が向上していないということは、上達していることにはなりません。
例えば小学6年生で170cmある選手は、同級生と比べると体格が格段と大きいということになります。このような選手は身体が大きい分(運動体力が高い分)、同級生よりも速いボールを投げることができるため、チームでは間違いなくエースということになります。しかしこの時にコーチまでもが体格によるプレー能力だけに頼ってしまうと、その選手は自分は野球が上手い(技能がある)と勘違いしてしまいます。すると体格だけに頼る野球しかできなくなり、中学高校と進み同級生の体格も170cmや180cmになってきた時、身長だけではなく野球技能もあっさりと追い抜かれてしまうことになります。
野球というスポーツでは、運動技能と運動体力の関係では、運動技能の方が遥かに重要になってきます。例えば筋骨隆々のマッチョな選手がいたとします。筋力(運動体力)がある分速いボールが投げられそうですが、ボールを投げるための運動技能がなければ、せいぜい120km前後のボールしか投げられません。逆に180cmで70kg程度しかない華奢な選手であっても、運動技能が高ければ150km近いボールを投げられるようになります。
ただ漠然と練習をするばかりでは、運動体力しか向上しません。しかし運動学習をしながらの練習であれば、運動体力と同時に運動技能も比例して向上させることが可能になります。
具体的な話をするならば、例えばピッチャーが最も多く練習するのは外角低めへの制球です。ただこの練習も、ただ漠然と外角低めを目掛けて投げるだけでは、外角低めに投げるための運動技能は向上しません。これを向上させるためには、ボールをどのような高さで、どのような角度でリリースすれば良いのかということを考えながら練習する必要があります。
ただし指導者は、これ以外にも注意すべき点があります。それは運動技能と運動技術の違いです。コーチならば、絶対にこの2点を混同してはいけません。運動技能とは、ある運動を達成するための能力があるということです。一方運動技術とは、ある運動を達成するための術(すべ)を知っているということです。コーチが把握すべき運動心理学という観点では、この2つの運動心理学用語を混同してはいけないわけです。
つまり選手が外角低めに投げられたとしても、それがただ出来ているのか、できないけど方法は分かっているのか、方法を理解して投げられているのかでは、コーチング手法はまったく異なってくるわけです。非常に難しいことではありますが、しかしコーチには選手に対する責任があります。その責任を全うするためにも、コーチもコーチングに必要なこのような知識の勉強をしっかりと積む必要があるというわけです。