みなさん、投球術に関して深く考えたことはありますか?投球術を持っていると、チームを勝利に導くことが非常に易しくなっていきます。逆に投球術を持っていないと、どんなに速いボールを投げられたとしても勝ちに繋がるピッチングはしにくくなります。では投球術とは一体なんのことなのでしょうか?!
結論から言います。投球術は「打たせたいボールを打たせられる技術」のことです。配球というのはチェスみたいなもので、先の先の先の先を考えながら組み立てていく必要があります。つまり野球脳を持っていないと投球術を磨くことはできない、というわけです。
さらに野球脳を持っていたとしても、その配球を再現する技術(制球力)を持っていなければ組み立ての意味がまったくなくなってしまいます。投手育成コラムでも何度か書いていることではありますが、ピッチャーは「制球力>変化>球速」という公式を忘れてはいけません。ちなみに変化とは変化球のことだけではなく、スピードの変化、投げるタイミングの変化、投げるコースの変化、勝負球の変化などなど、すべての変化を指します。
極端な話、160キロのストレートを投げられたとしても、そのボールしか投げなかったとしたら、目が慣れてくれば中学生だって160キロのボールを打てるようになります。時々150〜160キロのボールを打てるバッティングセンターもありますので、そういう場所に通っていれば小学生でも普通のOLさんでも打ててしまうでしょう。
でも投球術を持っていれば、125キロのストレートを140キロのように感じさせることもできるんです。そしてストライクゾーン内の外角低めのボールを、バットが届かないほど遠いとバッターに感じさせることもできるんです。
ここ20年くらい、自ら考えながら捕手と一緒に配球を組み立てていけるピッチャーがプロを含め随分と減ってしまいました。キャッチャーのサイン通りにただ投げているだけだったり、そもそも投球術を活かすための制球力がなかったり。いわゆる捕手を育てられる投手が減ってしまいました。
僕はプロコーチとして、制球力がないのに球速を先に追い求めることには反対です。このようなピッチャーはまず勝てるようにはなりません。例えば東尾修投手や星野伸之投手を見てください。豪速球などまったく投げられないピッチャーです。しかし東尾投手はプロ通算251勝を挙げ、ストレートのほとんどが130キロ程度だった星野伸之投手もプロ通算176勝を挙げています。メジャーで言えばハーシュハイザー投手などは140キロ前後のストレートが多かったわけですが、メジャー通算204勝を挙げています。
ちなみにメジャー通算18年のハーシュハイザー投手が怪我でシーズンを棒に振ったのは1990年だけで、東尾投手と星野投手に関してはシーズンを棒に振るような怪我はしていません。球速ではなく、投球術で勝負できるピッチャーはこのように怪我をせず投げ続け、勝ち続けられるようになるんです。
野球選手にとって最も重要なことは怪我をしないということです。しかし球速に頼って勝負をしに行ってしまうと肩肘を怪我しやすくなりますし、野球がアウトカウントを増やすスポーツではなく、球速コンテストになってしまう恐れもあります。球速は確かに大きな武器になりますが、制球力と変化がなければ、その球速は諸刃の剣で終わってしまいます。
プロ野球を見ていても「え?!そのボールを打っちゃうの?!」という表情をしながらヒットやホームランを見送っているピッチャーをよく見かけます。投球術がない証拠ですね。逆に投球術があるピッチャーは「あぁ、そのボールを打たれちゃったら仕方ないね」と、打たれた時でさえ冷静でい続けられています。そして冷静でい続けられるからこそ、バタバタと連打を打たれて試合を壊すこともなくなります。
日本の学生野球の多くの選手がとにかく勉強をしません。高い野球脳を持っている選手はレアです。逆にアメリカの学生野球の選手は、一般的には勉強も怠りません。学業の成績が悪く、野球しかできないという選手が逆にレアです。でも日本は野球が凄ければ学業には目を瞑ってもらえるというのが普通です。しかしこれは大きな過ちだと思います。
なぜなら野球選手としての人生よりも、現役を退いた後の人生の方がずっと長いのですから。そして頭を使い慣れていなければ、投球術や野球脳を磨くこともできません。
僕もコーチングでは、常に選手に考えさせるようにしています。練習中から考えられない選手は、試合で考えられるようにはなりません。しかし練習中から常に考えながらプレーをしている選手は、試合中に不測の状況に陥ってもバタバタすることがありません。「こういう状況になったらこういう配球をしよう」という練習経験が頭の中にあるため、どんな状況であっても、その状況に近いカードを頭の中から探して対処法を見つけられるようになります。
孫子曰く「彼を知り己を知れば百戦危うからず」ということですね。この言葉こそが、まさに投球術を磨くための鍵です。